本/映画

真藤順丈『宝島 HERO’s ISLAND』

先日発表された第160回直木賞受賞作。第9回山田風太郎賞も受賞しているらしい。戦後の沖縄が舞台と聞いて手に取ってみた。Kindleだけど。

戦後の沖縄 “戦果アギヤー”

回想の形で戦時中の話も出てくるが、主に描かれているのは戦後間もなくから1972年の返還までの、本土人には見えづらかった時期の沖縄。「戦果アギヤー」と呼ばれるアウトローの若者たちが主人公だ。

「戦果アギヤー」というのは、米軍から物資を強奪して住民たちに配ることを生業にする人たちのことで、考えてみれば義賊と呼ばれた鼠小僧次郎吉に似ている。おそらく米軍から奪うというところがミソなのだろう。日本が主権を回復してからも米国の統治下に置かれた沖縄で、支配者からモノを奪い、抑圧された民にそれを配る。当時の沖縄にはたくさんの戦果アギヤーが活躍したらしい。泥棒と言ってしまえばそれまでだが、沖縄の人々にとっては対米レジスタンスという認識もあったのかもしれない。住民は老若男女を問わず、彼らを称賛し、尊敬さえしていたという。

主人公は基地の街コザの戦果アギヤーで、リーダーのオンちゃんが二十歳、グスク十九歳、オンちゃんの弟レイ十七歳。まだ若いがコザ随一の戦果アギヤーとしてほとんど英雄視されていた。彼らが奪い取ってきた木材で小学校が建ったというから、ちょっと想像を超えている。

史実とフィクション

極東最大の軍事基地、嘉手納空軍基地(キャンプ・カデナ)の襲撃に失敗したあと、彼らは別々の人生を歩むことになる。オンちゃんは行方不明となり、あとの二人は刑務所に収監された。出所後グスクは琉球警察の刑事に、レイは地元のヤクザに。そしてもう一人、オンちゃんの恋人のヤマコは水商売を経て小学校の教師に。

彼らがそれぞれの道を歩みながらオンちゃんを探し続けるというのが、物語の大きな流れだ。もちろん彼らの人生はフィクションなのだろうが、そこにさまざまな史実(実際に沖縄で起きた事件)が織り込まれる。彼らの歩む道がそのまま沖縄のクロニクル(年代記)となり、叙事詩になっていくのだ。時代小説の手法に近いものがあるのかもしれないが、これを戦後の沖縄でやるという着想にまず脱帽する。

この本で初めて知ったこともたくさんあったが、記憶に残っている事件や実在の人物も数多く登場する。アメリカ軍人による度重なる強姦・殺人事件、宮森小学校米軍機墜落事故、コザ暴動、そして瀬長亀次郎(那覇市長・立法院議員・衆議院議員を歴任、沖縄人民党委員長)、屋良朝苗(行政主席・県知事を務めた教育者)などなど。

たとえば……刑務所で起こった暴動を鎮めるために瀬長亀次郎が(彼も収監中だった)実際に行った演説をグスクとレイが聞く。新米教師としてやっと自信を持ち始めたヤマコが授業をしていたまさにその瞬間に米軍機が直撃し、目の前にいた教え子の命を奪う。女給殺しの犯人(米兵)を刑事のグスクが苦労の末に現行犯逮捕したと思ったら、そこに米軍の憲兵(MP)が現れて犯人の身柄を奪って行く。こんな感じだ。史実の現場に主人公たちがいる。

ある意味ムチャクチャである。ヘタをすれば箸にも棒にもかからない展開になってしまう。だが僕は成功していると思う。実際に起こった事件の渦中に主人公たちが投げ込まれることで、当事者の目で事件が語られる。少なくとも僕は、自分がいかに薄っぺらな知識しか持っていなかったかということに気づかされた。そして、米国軍政府の圧政に対する沖縄の人々の反感と抵抗を、人として当然のことだと感じた。ストやデモや集会の場面も数多く出てくるが、それが沖縄県民のやむにやまれぬ怒りの表明であることがごく自然に伝わってくる。自分もそこにいたら彼らと行動を共にしただろうと素直に思えるのだ。

啓蒙的と言うこともできるだろうが、ぜんぜん説教臭さは感じない。これまでよく知らずにきた戦後沖縄の数々の悲劇を、沖縄県民の心の痛み、絶望、怒り、誇り、郷土愛をリアルに感じながら追体験していけるのだ。史実を具体的に絡めながらフィクションを織りなす手法がこれを可能にしているのだと思う。

僕の場合、この手法がすっぽりとハマった。年齢的なものもあるのかもしれない。子どもの頃に断片的に見知った知識がいくつも呼び起こされ、それがこの物語と自分との距離をぐっと縮めてくれた。こうした断片さえ持たない若い人にはこの感覚は味わえないのかもしれないなあと思う。

これが愛国心というものではないのか

沖縄の人々は、郷土を愛し、同胞に連帯感を持ち、この二つを大切にしようとしているだけだ。でも、これが愛国心というものだろう。「国防のためには…」という理屈とはまったく別のものと思えてならない。沖縄県民の気持ちを察することのできない者に愛国心を語る資格はないとさえ思う。もちろん、僕たちには彼らの気持ちを100%感じ取ることなど絶対にできないことも確かではあるが。