本/映画

イ・ジュンイク『金子文子と朴烈(パクヨル)』

製作 2017年韓国
監督 イ・ジュンイク
出演 イ・ジェフン、チェ・ヒソ

大鐘賞映画祭2017 5冠
監督賞、主演&新人女優賞、美術賞、衣装賞

 

 

日本を舞台にした韓国映画

韓国人俳優が、日本人を日本語で見事に演じる

この映画の舞台は100年近く前の日本。だから、主人公の朴烈(パク・ヨル)ほか何人かの在日朝鮮人を除けば、登場人物のほとんどは日本人だ。日本政府の大臣たちが(ちょっと茶化し過ぎだけど)何度も出てくるし、検事、裁判官、官憲、獄吏と当時の日本の権力者が次々と登場する。そして、台詞も大半は日本語である。

しかしこの映画は韓国映画で、演じている俳優も(一部日本人もいるが)ほとんどが韓国人だ。韓国人の俳優が日本人を演じ、日本語で台詞を言う。

この労力のかけ方にまず驚いた。素人考えだけれど、自国語で映画を作る場合の3〜4倍は大変なのではなかろうか。もっとかな。しかも、「とりあえず日本語で」といった生半可なノリではけっしてない。

さすがに日本人の身としては多少違和感があって、最初のうちは「なんで日本人の俳優を使わないんだろう」と疑問に思ったりもしたが、すぐに物語に集中できるようになった。それくらいちゃんとした日本語なのだ。外国人にこれ以上の日本語を求めるのは酷だろうと感服するレベル。すごいなと思う。

中でも金子文子を演じたチェ・ヒソは、笑いを誘うお茶目なシーンもあれば、小声で囁く場面や大声で怒鳴り散らす場面まであったのに、アクセントやイントネーションはもちろん、間の取り方まで見事だった。子どもの頃日本で暮らした経験があるらしいが、それにしてもすごいと思う。

権力と闘った若者たちの物語

韓国でも忘れられた存在となっていた朴烈という英雄にスポットライトを当てたい——この映画の最大の製作動機はここにあるのだろう。だが、もう一人の主人公、日本人の金子文子に対するリスペクトも全編から伝わってくる。朴烈と同じくらい生き生きと描かれているのだ。恋人としても同志としても、二人はつねに対等な関係にあった。文子は男の背中に付き従っていたわけではなく、横に並び、ともに歩む自立した女性だったのである。下手をすると傲慢で粗暴な女性像にもなりかねない難しいキャラクターだと思うが、権力とまっすぐに対峙した、強く美しい心の持ち主として実に魅力的に描かれている。

つまり、この映画は単純に祖国(韓国)の英雄を持ち上げ、日本を貶めようとしているわけでない。それは他の登場人物の描き方からも分かる。日本人の権力者の多くは類型的なキャラクターを与えられ茶化されているが、その一方で、人としての体温を感じさせる日本人が何人も登場するのだ。

100年近くも前に、こんなにも自由な精神を持ち、権力の横暴と欺瞞に立ち向かった若者たちがいたということ——この映画が示したかったのはこの一点に尽きるのだと思う。朝鮮だ日本だという出自にこだわる様子は感じられない。短絡的なナショナリズムに染まらずに歴史を見つめるその視線に、この映画を作った韓国の人々の懐の深さを感じる。

とびきりの美男美女というわけではないが、存在感がある主演の二人。 左がチェ・ヒソ、右がイ・ジェフン

悲劇のヒーロー・ヒロインではなく…

この映画が独特の魅力を持っているのは、主人公が“悲劇のヒーロー・ヒロイン”に収まっていないからかもしれない。主人公が歴史や運命に翻弄されたり、時の権力者に不条理に利用されたりするのは、映画やドラマではお馴染みのパターンだろう。しかし、彼らはそれを健気に堪え忍ぶわけでもなければ、“最後は正義が勝つ”的な勧善懲悪を体現するわけでもない。正義のために果敢に戦いはするのだけれど、どこか“ペテン師”のいかがわしさも漂っていて、そこが人間臭い。

ピカレスクと言うとまたニュアンスが違うんだけれど、彼らは表面上、善良でもなければイノセントでもなく、正義漢にも見えない。ふてぶてしいし、攻撃的だし、品がないし…。権力の横暴を逆手にとって大胆に反撃する姿は爽快だが、そこにスマートさはなくて、どちらかと言うと「転んでもただでは起きない」的な泥臭さに満ちている。

しかし、見事に強者を手玉に取っていく。そこが痛快なのだ。
最後は、痛快とは言えないのだけれど。

けっして思い通りにはならなかった彼らのその後を知り、彼らが感じたであろう悔しさが胸に迫る。とは言え、見終わった後にもっとも強く心に残るのは、エネルギーを出し切るようにして生き抜いた彼らの躍動感であり、気高さだった。

物 語

朴烈事件

この映画が描いている「朴烈事件」(日本語読みだと「ぼくれつじけん」)は関東大震災(1923年)の直後に実際に起こった事件で、当時はそれなりに話題になったようだが、今はほとんど知られていないのではなかろうか。僕もこの映画で初めて知った。

震災後の混乱の中で警察に予防検束された在日朝鮮人の青年と日本人の女性が、最後は大逆罪で死刑判決を受けるという話なのだが、けっこう複雑な事情が絡み合って展開していくので、(覚えている範囲で)流れを追っておく。

朴烈(パクヨル)は震災当時21歳。半島からわざわざ東京に出てきてアナキストとして活動していた。金子文子は当時20歳の日本人。無責任な親の元に生まれ、親戚の家を転々とし、最後は朝鮮半島で暮らしたあと日本に戻ってきていた。恵まれない環境の中で彼女もすでにアナキストとして自我を確立していた。二人は東京で出会い、同棲する。そして、在日朝鮮人や日本人の同志とともに政治活動に没頭していた。

1923(大正12)年9月1日、関東大震災が起こる。

二人も含め活動仲間はみな無事だったが、あちこちで日本人による朝鮮人虐殺が起こっていた。刑務所の中のほうが安全だと考えた朴は、仲間とともに警察の予防検束に応じる。文子は日本人だから被害を受ける心配はなかったが、彼女も行動をともにした。

最初はあくまでも予防検束だった。具体的な容疑があったわけではない。ところがその後、治安警察法違反の容疑で起訴される。爆弾の密輸を謀っていたという密告があったのだ。計画をしていたのは事実だが、ほとんど空想の世界だった。爆弾の販売元のアテさえなかったのだから。

政府は彼らをスケープゴートにしようと企んだのである。震災後、死者数千人にも上る朝鮮人虐殺が起こっていた。他国に知られると国際問題に発展しかねない。だが、隠蔽も難しい。だから朝鮮人が実際に犯罪を犯したという既成事実がほしかったのだ。それに過剰反応して多少の混乱があった——そんなストーリーで落ち着けたかった。おあつらえ向きの存在として目に止まったのが朴たちだったというわけだ。

だが朴はすぐに政府の思惑を察知する。数千人もの同胞の無残な死が闇に葬られてしまうと気づいた朴は、皇太子暗殺計画の供述をはじめる。それは、自らの訴因を大逆罪という大罪に引き上げることを意味する。大逆罪の刑罰は死刑しかないから有罪すなわち死。その代わり世間の注目を集めることができる。衆人環視の裁判の場で虐殺の事実を明らかにしようという腹づもりだった。政府によって掛けられた罠を逆手にとり、捨て身の反撃を企てたのだ。

裁 判

予審

当時の司法制度は今と違っていて、起訴された後、まず予審判事による尋問を受ける。それを経て最終的に公判にかけられるかどうかが決まるのだ。担当判事は立花懐清。朴、文子それぞれに対し立花が厳しく尋問していく。

朴の尋問は、立花が日本語で質問し、朴は主に朝鮮語で答えるという変則的なスタイルで進められた。このやりとりがなかなかの見物だった。立花役のキム・ジュンハンの日本語も見事なものだったし。

立花判事役のキム・ジュンハンは端正な顔立ちの男前。

しかし、おそらく立花懐清のキャラクターはかなり脚色されているんじゃないかな。果たした役割も。知的で礼儀正しく冷静沈着。破天荒な朴に手を焼きつつ、少しずつ彼を理解していくという絵に描いたような善玉エリート官僚なんだけど、いやいや、そんなはずないやろー。

まあ、丸っきり正反対のこの立松と一対一で対峙させることで朴の強烈な個性が申し分なく引き立っていたから、その点はお見事なんだけれど、朴の挑発的な要求にずるずると引きずられていったことに関しては、もうひとつ説得力がないように思えた。

それはそれとして…。

朴は今で言えば大学生の年齢なのに、もの怖じすることもなく、それどころか立花判事を完全に翻弄していた。言いたいことを言いたいように言う。政府が自分をスケープゴートとして必要としていることが分かっているから、そこにつけ込んで奇想天外な要求を突きつける。

最たるものは、文子との記念写真を撮らせろというものだろう。死刑になる前に朝鮮の親に送りたいと。この要求を飲んだこと自体が驚きだが、これは史実で、実際に撮られた写真が残っている。この映画のチラシやパンフに使われている写真は主役の二人を写したものだが、二人のポーズは当時の実物の写真とまったく同じだ。

リラックスして椅子に腰掛けた朴の膝の上に文子が座り、朴にしなだれかかって本を読んでいる。朴は人を食ったような悪戯っぽい表情をして、片手を自分のアゴのあたりに、もう一方の手を文子の乳房の上に置いている。彼らの傍若無人な態度を実に見事に切り取っている。

公判

公判初日、二人は朝鮮の正装で現れた。文子は美しく化粧もしている。これも朴が要求したことだった。実にきらびやかで、まるで結婚式のようだ。他にも弁護士を通じて、朝鮮語で答弁すること、裁判官と同じ高さの席に座ることなどを要求したが、それらは受け入れられず諦めたという。

この不敵さ、自由奔放さはどこから来るのだろう。まさにやりたい放題だ。
しかも、答弁の際には運動家らしく猛々しい口調で淀みなく語る。
まるで舞台で主役を張っているかのようだだった。

裁判でどれほどのことを明らかにできたのかは分からないが、二人は欺瞞を演じる国家権力を堂々と手玉にとり、言いたい放題、やりたい放題を最後まで貫いた。

最後に裁判長から「何か言いたいことはあるか」と問われて文子が言う。

私は朴を知って居る。朴を愛して居る。彼に於ける凡ての過失と凡ての欠点とを越えて、私は朴を愛する。そしてお役人に対しては云おう。どうか二人を一緒にギロチンに放り投げてくれ。朴と共に死ぬるなら、私は満足しよう。して朴には云おう。よしんばお役人の宣告が二人を引き分けても、私は決してあなたを一人死なせては置かないつもりです−−−と。

これは裁判記録に残っている言葉のようだ。金子文子が実際に述べたものだろう。映画の中では急に言葉が硬くなったので唐突な感じもしたが、見る者を釘付けにする、迫力満点の演技だった。二十歳をまだいくつも超えていない女性が、死を決する公判の最後にこんな言葉を吐いたということにただただ驚く。しかも100年もまえに。

その後

裁判のあと

二人は有罪判決を受け、死刑を宣告される。

ところが…
直後に恩赦が出て無期懲役に減刑される。
二人とも減刑に強く抵抗したらしいが、覆ることはなかった。

そして金子文子は判決の4カ月後に獄死する。1926年7月23日。縊死つまり自殺とされているが、真相は分からない。23歳の若さだった。遺骨は終戦後、朝鮮に引き取られたという。二人は獄中で正式に結婚していたのだ。

朴烈は終戦まで(つまり最初の検束から20年以上)服役したあと釈放された。出所を祝う大勢の人々とともに写った写真は胸を打つものがある。その後、在日本朝鮮居留民団を結成して初代団長を務めたあと韓国に帰国。しかし1950年に朝鮮戦争が始まると北朝鮮軍に捕らえられ、北に連行された。1974年北朝鮮で死去(74歳)。

朴烈の転向

映画で描かれているのは裁判までで、その後のことは最小限の情報が(たしか)文字と写真で示されるだけだ。だから詳しいことは分からなかった。

で、ちょっと調べてみたんだが、文子の死後の朴烈はそれまでの彼とはまったく別人になってしまったように思える。映画の印象を台無しにしてしまう内容だが、かんたんに書いておく。

Wikipediaによると、彼は獄中で思想転向を表明し、戦時中は戦地の兵士と文通するなど、日本の戦争遂行に協力するような行動もとったという。政府の「内鮮融和」のプロパガンダにも利用されたらしい。釈放後も反共主義の立場を取り、結成した民団という団体も要は反共組織だった。だが、そうした節操の無さが災いしてやがて信用を失い、団長を退任せざるを得なくなって失意の中で帰国したとある。さらに、北朝鮮に連行されてからは(これは致し方ないことだが)また容共に宗旨替えし、ある程度の要職も務めたらしいが、最期はスパイ容疑で処刑されたという情報もある。

20年以上の服役という苛酷な経験をしたとはいえ、ここから読み取れるのは、思想の軸が幾度も大きくブレた日和見主義者の姿と言わざるを得ない。映画の中の彼からは想像もできないものだった。若き日の彼が命を賭けて権力と渡り合った事実が消えるわけではないが、これが事実ならば「あれは何だったんだ」と言いたい気持ちにもなる。彼と比べると判決後すぐに他界した金子文子の人生が一層輝いて見えるが、まあ、こういう比べ方はフェアではないのだろう。

日本では反体制映画が生まれない

この映画が製作された2017年には、同じ韓国で『タクシー運転手 約束は海を越えて』が作られている。光州事件(1980年)を取り上げた映画だ。民主化を求めて蜂起した市民に軍が銃を向けた事件だが、政府(とマスコミ)によって隠匿されていたため、外国で報道されるまでほとんどの韓国人が事件の存在さえ知らなかった。映画は一人の外国人記者が軍の封鎖をかいくぐって現地へ入り、取材し、出国して報道するまでをスリルと人情味たっぷりに描いたもので、韓国国内でも大ヒットしたと聞いている。そして「韓国のアカデミー賞」と称される大鐘賞映画祭では、『タクシー運転手』が作品賞を、『金子文子と朴烈』が監督賞、主演女優賞をはじめとする5つの賞を獲得した。どちらも高い評価を得たのである。

韓国では翌2018年にも、民主化運動とそれに対する政府の弾圧を描いた『1987、ある闘いの真実』が作られている。タブーとされてきた過去の事件を掘り起こし、時の政府の圧政を糾弾する映画が次々に生まれているのだ。『金子文子と朴烈』は他の2本とは時代も糾弾する相手も異なるが、横暴な権力と闘う人々を描いているという点は共通で、この3本はいずれも反権力・反体制映画だと言うことができるだろう。

なんで?と思う。
なんで韓国ではこういう映画が脈々と作られているのだろう。そして日本ではなんでこういう映画が作られないのだろう。

とくに今回の『金子文子と朴烈』は日本で作られても全然おかしくない内容だ。日本で起こった事件だし、主人公も日本人と韓国人。そして、朴烈事件が忘れ去られていたのは韓国も日本と同じだったのに、発掘したのは韓国人だった。

まあ、答えは分かると言えば分かる。民族意識というか、民族としてのアイデンティティの違いだろう。

韓国人の民族意識の中には、日本による植民地支配との闘いという歴史体験が今も大きな位置を占めているように思う。大衆運動として最初に大きなうねりを作りだしたのは1919年の三・一運動で、その後盛衰を繰り返しながらも根強く取り組まれた抗日独立運動である。朴烈も金子文子も、十代のときに三・一運動を直に体験した世代——たしか予備審問の中でそんな話をしていた——で、その後の彼らの行動は、この運動にインスパイアされた部分が大きいと見ていい。その意味で朴烈事件は、一連の韓国独立運動の系譜に連なるものと位置づけることもできる。韓国人にとって二人は、民族的な英雄として語られる資格を持つ存在なのだろう。

終戦によって韓国は日本からの独立を果たすが、今度は東西対決の仕切り線のような存在になってしまい、朝鮮戦争で南北に分断されたうえ、クーデターのあと長らく(軍事)独裁政権が続いた。圧政のもとで国民は民主化運動に起ち上がった。形のうえで民主国家となってからも、本当の意味での民主化はなかなか進まなかったのである。保守政権は運動に対し厳しい弾圧を加え、しばしば大きな悲劇を生んだ。これがほんの2年前の朴槿恵政権まで続いていたのだ。

いずれも一進一退を繰り返しながら我慢強く続けられた戦前の独立運動、戦後の民主化運動の歩みが、生の歴史として韓国人の民族意識に刻み込まれていったのではなかろうか。だから、保守政権下でタブーとされていた悲劇(であり闘いの史実)を掘り起こし、正史として残そうとする営みが続けられているのだと思う。

しかし、日本ではなぜそういう映画が生まれないのだろう。
韓国のような独裁政権による抑圧がなかったから?

いやいや、そんなことはないだろう。戦前の全体主義・軍国主義による国民の抑圧は、間違いなく朴正煕(パク・チョンヒ)独裁政権の比ではなかった。それに、現在の安倍政権がやっていることも、ぱっと見には分かりにくいかもしれないが民主主義から大きく逸脱したものだ。マスコミのコントロールも知らない間に進んでいて、2019年の報道の自由度ランキングは67位でG7最低。安倍政権になってからこの辺りが定位置になってしまった。朴槿恵大統領の罷免を実現した韓国は41位で、いまや日本よりずっと上にいる。経済も低迷がつづいているから、国民が感じるどんより感、息苦しさはおそらく戦後最悪の状態にあるはずだ。

なのに、これでいいのかと問いかける映画(他の表現手段でもいいけど)は出てこない。権力の横暴や欺瞞を暴き出す試みも(ツイッターの僕のTLはそんなのばっかりだが)ない。

良い社会だから、良い政治だからとはとても思えないのだが。

安倍首相が熱愛するアメリカでも、報道の自由をめぐるジャーナリズムと権力との闘いを描いた名作映画が継続的に生み出されている。僕が最初に観たのはたぶん『大統領の陰謀』だと思うけれど、これが作られたのは40年以上も前のことで、最近観た『ペンタゴンペーパーズ』や『記者たち 衝撃と畏怖の真実』に至るまで途切れることがない。それどころか、『ペンタゴンペーパーズ』なんて『大統領の陰謀』との連続性をわざわざアピールしてさえいる。(たしか)ラストシーンは『大統領の陰謀』にあったシーン(冒頭のシーンだっけ?)をそのまま再現しているのだ。そこには、一本の映画としてだけではなく、アメリカ映画界全体でこの伝統を守ろうという心意気が示されているように感じたのだが、違うだろうか。いずれの映画も政府が犯した罪を暴露し、その責任を追求したもので、政府の弾圧に対しては合衆国憲法修正第1条に言及して堂々と立ち向かうところもまったく同じだ。

ジャーナリズム以外でも、戦争そのものを批判的に描いた映画も多いし、マイケル・ムーアなんて政治批判で食べてるようなものだろう。それでもアメリカの報道の自由度は48位なのだが。

今日の日本が抱える問題は、もしかしたら見えづらく、捉えどころがないのかもしれない。だが、何も出てこないということに、恐ろしさを感じる。物足りなさといった生やさしいものではなく、恐ろしさ。そして、それならば余計に、この映画のように過去の出来事や人物にスポットを当ててみたらいいと思うのだが。

でも、朴烈と金子文子はアナキストであり、未遂だったとはいえテロリストになりかねなかった人物だ。日本じゃ無理だろうなあ、やっぱり。『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』もたしか共産党にはほとんど触れていなかったんじゃなかったっけ。あの映画の製作はたしかTBSだから、あれが限界だったのかもしれない。左翼とか権力批判に対して拒否反応を示す国民が実際に多いのかどうかは分からないけれど、そういうことには触れられない国になってしまっていることは確かだろう。

報道の自由度ランキング67位というのは、こういうことなんだよなと思ってしまう。

(2019年4月11日 KBCシネマにて鑑賞)

※2019年6月14日全面的に手直しした。ゴチャゴチャして読みづらかったので。