お気軽な話

親以外の大人に教わったこと

「ご飯粒を残しちゃダメ」と「もっと力を入れて洗わなきゃダメ」

この二つは、誰もが誰かに言われた(というより怒られた)ことがあるのではないかと思う。そして、たいていの場合、その誰かは自分の親だろう。

でも、僕の場合、この二つを親ではない大人から指摘された。ご飯粒のほうはいっしょに保育園に通っていた友だちのお母さんに、身体の洗い方のほうは年の離れた従兄弟に。言うまでもなく、両方ともずいぶん昔の話だ。

でも、二つの場面は今でもけっこうはっきりと覚えている。不思議なくらいに。

「ご飯粒を残しちゃダメ」

ご飯粒のほうは、初めてその友だちの家で夕食をご馳走になったときだ。「ごちそうさま」はちゃんと言えたけれど、茶碗にはご飯粒がいくつか残ったままだった。おばさんは一瞬のためらいもなく、でもそれほどキツい調子でもなく「ご飯粒を残しちゃダメ」と言い、たぶん誰もが聞いたことのあるお百姓さんの話をしてくれた。

それ以来、僕は一粒もご飯粒を残したことがない。50年以上も。

「もっと力を入れて洗わなきゃダメ」

身体の洗い方のほうは、たぶん1970年のことだ。その年、大阪で万国博覧会が開催され、母親に連れられて見に行った。そのときに大阪に住む従兄弟の家に泊めてもらい、従兄弟とその長男、そして僕の三人で風呂に入った。

まだ小さかった従兄弟の長男を従兄弟が洗ってやり、僕は一人で身体を洗った。70年であれば僕は小学校4年だから、家では一人で風呂に入っていたと思う。いつもやっていることだから、べつに苦にはならない。まあ余裕だ。当然、よそ行きだからいつもより丁寧に洗ったつもりだった。でも、あっさり否定された。まあ、考えてみれば石けんの泡を全身くまなく塗っているだけだったから、当然といえば当然なのだが。

そうかゴシゴシ擦らなきゃいけないのか、と僕はそのとき初めて実践的に学んだのだろう。

身体を洗うのは今でもあまり熱心なほうではなくて、面倒なときはボディシャンプーの泡を手で全身に広げるだけで済まそうとする。でも、そんなときに従兄弟に叱られたあのシーンが頭に浮かぶのだ。トラウマかい。

なぜたった一度で心に刻まれたのか?

それにしてもこの二つの教えは、よその大人にたった一度指摘されただけで心に刻まれたんだなあと感慨深くもある。

それだけ恥ずかしかったということだろうか。
たった一瞬のことなのに、他人に指摘された恥ずかしさから、それこそ「三つ子の魂百まで」になってしまったと。

でも、一つ引っかかることがある。
自分の親は本当にこの二つを僕に教えなかったのか、ということ。
これまで、(恥ずかしい思いをしたのが腹立たしくて)こんな大事なことをなんで教えなかったんだと親に対してはちょっと憤慨してたんだが、改めて考えてみると、こんな初歩的なことを教えないわけがないのではないか、と疑問に思えてきた。

たとえば食事中に肘をついて父から注意された記憶はあるのだ。それも何回か。なのに、ご飯粒については何も言わなかったのだろうか。昭和初頭に生まれ、戦中戦後の食糧難を経験している両親が。
風呂だって、小さい頃は父や母といっしょに入っていたわけで、いくらでも正す機会はあったはずだ。普通は言うよな、我が子がただ泡を塗りたくっているだけだったら。

一度も注意したことがないとは考えにくい。
考えれば考えるほどそう思えてくる。

もしかして…。

もしかして、相当ボンヤリさんだったのか、オレ?

親が何度言っても右から左だったのに、それを他人から言われた途端、ショック(恥ずかしさ)のあまり一発で身につけたとか、そういうことか?

だんだんそんな気がしてきた。話がこんな方向に進むとは思ってもいなかったんだが。

まあ、今さら誰かに「僕は小さい頃ボンヤリさんでしたか?」と聞くわけにもいかないし。

それにしても、自分の親が教えてくれたこと、しつけてくれたことはたくさんあるはずなのに、不思議なことにこの二つのような具体的な記憶はほとんどない。肘のことぐらい。だから余計にこの二つの記憶が印象深い。

たとえば、僕は箸とか鉛筆の持ち方はきれいなほうで、それは親がちゃんと教えてくれたからだと思うが、厳しく怒られて矯正したという記憶はまったくない。記憶に残らないほど何度も注意されたということだろうか。それならそれで大変だった記憶というのが残りそうなものだが。

それとも最初から器用にできたとか?

まさかね。
まあ、これも今となっては知りようがないんだけど。

他人に教わったときのことは覚えているのに親から教わったときのことは覚えていない。
不思議でもあり、なんだか申し訳なくもある。

僕だけなんだろうか?やっぱりボンヤリさん?

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