NHK BS1 世界のドキュメンタリーで放送された『“隣人”を守れ グラスゴー 連帯した住民たち』を観た。今年、イギリスで制作された作品だ。(作品の詳細データは末尾に)


フィクションも含め、最近見た映像作品の中でピカイチの面白さだった。
10年もその街に住んできた二人の青年が、ある朝突然、移民取締局によって拘束された。それに対して地域住民がどう反応し、行動したかを、その時そこにいた人々が撮った動画や写真と、後日彼ら彼女らに行ったインタビューとで再現した映像記録。
強制されたわけでもなく、先頭に立つ者がいたわけでもないのに、みなが同じ方向を向き、行動のうねりを作り出す。おそらく日本ではこういう動きは起こらないだろう。自分だって、目の前で同じような状況が生まれてもグラスゴー市民のようには動けないと思う。驚きながら見ている自分が少し哀れだった。民度が違うとはこういうことを言うのだなと思った。
目次
事のはじまり
2021年5月13日の早朝、事件は突然始まった。イギリス・スコットランドの中核都市グラスゴーの住宅街に移民取締局の護送車が現れ、二人の青年を拘束したのだ。明言はされなかったような気がするが、たしか中東からの移民だ。だが、彼らはすでに10年もそこに住む、隣人たちにとって顔馴染みの住民だった。同居する家族もいて、友人もいて、ふつうに仕事もしている。昨日今日やって来た密入国者ではなかった。
住民たちの情報発信
彼らが護送車に乗せられた直後から、それを目にした住民たちがそれぞれのネットワークへ向けて発信しはじめた。友人や家族、PTA、ママ友、サークルやゼミの仲間など、誰のスマホにも登録してあるようなプライベートなグループへ向けて。それが拡散していった。
「移民局が摘発している」
原題の“Everybody to Kenmure Street”(ケンミュア・ストリートに集まれ)も、きっとSNSで実際に拡散されたテキストだったのだろうと思う。
住民たちの行動
一日が始まったばかりだったが、知らせを受けた人々が現場に集まり始めた。
グラスゴーのポロックシールズ地区にあるケンミュア・ストリート。ごく平凡なアパートが通りの両側に立ち並ぶ、ごく平凡な通りだ。
その日は「イード」というラマダン明けの祝日だった。多民族が共生するその地区の住民はみんなそのことを知っている。
「よりによってこんな目出たい日の早朝に強制連行かよ」
そう思った人々が、朝の予定を変更してケンミュア・ストリートに集まり始めた。人だかりを見て何事かと近寄って来た人ももちろんいる。だが、人づてに事情を聞いた人々はそこから離れようとしなかった。護送車を取り巻く人垣がどんどん大きくなっていった。
不思議だったのは、護送車がいつまでたっても発車しなかったことだ。その理由も人々の間に広がっていく。いち早く駆けつけた青年が車体の下に潜り込み、車が動くのを阻止していたのだ。
警官も次々に駆けつけるが、青年は出てこない。
シュプレヒコール「彼らを解放しろ」
護送車が足止めされている間に、取り巻く人々の輪がどんどん広がっていった。
そして“Let them go”(彼らを解放しろ)というシュプレヒコールが起こり、人々が唱和する。
通りはすぐに通行止め状態になった。その外側に警察車両が何十台も止まっている。TV局が中継を始め、空にはヘリコプターが飛ぶ。また、集まってきた住人たちもそれぞれのスマホで動画を配信していたから、イギリス中の人々がこの「イード」の朝の出来事を知ることになった。
住民同士の連帯
住民たちは家から軽食や水、毛布などを持ち寄った。災害時の支援物資配給所のような一画が道端にできる。周囲のアパートの窓には手作りの横断幕が掲げられ、近くのモスクは住民にも警官にもトイレを解放した。
住民たちがそうやって自然発生的ながらも秩序をもって機能的に連帯していく一方で、当局側は、大勢の警官が動員されたにもかかわらず、ただ住民の前に立ちはだかっているだけだった。無理もない。移民取締局は英国内務省の管轄で、警官たちはスコットランド議会が管轄するスコットランド警察に所属しているのだ。情報も指示も共有されず、警官たちの中には何が起こっているのかさえ知らない者もいた。しかも、それぞれの上層部は事の重大さに気づかず、いつまで経ってもなんの指示も寄越さない。
住民の勝利
何時間か膠着状態が続いたあと、地元の有名な人権派弁護士が駆けつけて国や警察上層部と交渉し、ようやく話がついた。
二人の移民は解放されることに。護送車の下に潜りこんでいた青年も罪を問われることなく解放された。
住民たちの完全勝利だった。
移民の街、反骨の街グラスゴー
グラスゴーは奴隷貿易によって早くから栄えた都市で、産業革命後は綿工業や造船業によってさらに発展した。不足する労働人口をアイルランドなどからの移住者が補い、第二次世界大戦後は旧植民地からの移民も多数受け入れてきた。歴史ある移民都市だったのだ。
労働組合運動も古くから盛んで、女性解放運動においても時代を画するような数々の活動を生み出した先進地域だった。また、スコットランドの中心都市だから、中央政府への対抗意識も強い。権力への抵抗の歴史が深く根づいた都市なのでである。
そして、現在はさまざまなルーツを持つ人々が隣人として融和し、コミュニティを形成している。
番組は、今回の出来事の背景としてこうした歴史をしっかりと説明していた。
権力の暴走を許さない
日本人には想像もつかないことだが、住民たちはごく自然に「これ、おかしいよね」とSNSで友人に問いかけ、「とにかく行こう」と声をかけ合って現地へ足を運び、直接の知り合いでもない人のために「彼らを解放しろ」と叫び続けた。何十人という警察官が目の前に立ちはだかってもびくともしなかった。
おそらく特定の誰かを救出に行ったというより、地域住民に強権的な振る舞いをする行政機関に対し抗議をするために集まったのだと思う。
実際に現地で抗議した住民たちが、この番組のインタビューに対し、「本当に解放できるとは思っていなかった」と言っていたのも印象的だった。それでも抗議を続け、中には「逮捕されてもいいと思っていた」と言う人もいたのである。
これは憶測だが、移民局がなぜ二人を強制連行しようとしているのか、詳しく知っていた人などいなかったのではなかろうか。
集まった人々の中には二人の友人やそのまた友人、同僚といった人々もいたから、彼らが十年以上そこに住んでいる「いい人たち」だという情報がその場で広がった可能性はある。しかし、そういう細かいことよりもむしろ、「こんなやり方は間違っている」という共通の怒りが人々を動かしているように見えた。その怒りを示すために午前中の2〜3時間——最初はみんなその程度で終わると思っていた——を潰してもいいと考えて集まってきたのだ。
組織的に動員された人は見る限りいなかった。それも驚いたことの一つだった。最終的にはトラメガを持った活動家っぽい人が慣れた感じで呼びかけていたが、それもどちらかと言うと交渉の進捗報告やその後の注意点などの連絡に終始していて、とにかく非暴力で、事故なく終わらせようという気持ちが表われていた。
しつこく繰り返すが、自分の目で見て疑問を感じた人が自分の意思で友人・知人に知らせ、それを受け取った人が「とにかくケンミュア・ストリートに行こう」とまた別のネットワークに呼びかけ、それが拡散していったのである。それだけで、2000人もの住民が結集し、護送車の発進を食い止めた。
愛国心とは?
日本では、この国が万世一系の皇統を保ってきた世界に冠たる国だと嘯き、その信仰と愛国心とを混同して他人にも強要する輩が偉そうにしているが、このドキュメンタリーを見て、あそこに2000人が集まるようなコミュニティに生きているんだと実感できたときにこそ、人は愛国心を感じるのではないかと思った。
身の周りの人々が、長いものに巻かれるのではなく、おかしいことにはおかしいと声をあげる人々であるなら、自分が理不尽な目にあったときにはいっしょに戦ってくれるという安心感が持てる。そういう連帯感に裏打ちされた安心感を感じたときにこそ、これからもこの街(国)に住み続けたいと思うのではなかろうか。この街(国)を大事にしたい、この街(国)がこの街(国)らしくあり続けられるよう、自分も貢献したいと感じるのではなかろうか。
つまり、愛国心とは国を観念的に愛することではなく、ともに生きる人々に対する連帯感、信頼感なのではないだろうか。
冒頭で書いたように、今の日本ではあの日のグラスゴーのような動きは起こらないだろうし、自分も起こせないと思う。でも、目ざすべきは、ああいう連帯の行動を起こせる国民の住む国なのではないかと思う。そうなれば、強要などしなくてもみんなが愛国心を持つだろう。国を守るとは何を守ることなのかみんなが認識するだろう。
天皇の家系が何千年続こうと、そこには近づかない。
何かよすがとなるものがあるとしたら、それは日本国憲法ではないかと思う。たかだか80年前に生まれたものだが、安心感につながる行動原理の数々がそこに書かれている。
考えてみたら、あのグラスゴーに根付いた気風も、数百年もの年月をかけて培われた伝統だ。日本が追いつくまでには、まだまだ先は長い。つまらない妄想の中でとぼけた慢心に陥っていないで、人権とは何か、公平とは何か、連帯とは何かを地道に追求していくしかないのだと思う。
Information
制作会社:barry crerar
制作年:2026年
監督:Felipe Bustos Sierra
プロデューサー:Ciara Barry
原題:Everybody to Kenmure Street
barry crerarはスコットランド・グラスゴーと北アイルランド・ベルファストに拠点を置く映像制作会社。
この作品は2026年1月のサンダンス映画祭でワールドプレミア上映され、サンダンス特別審査員賞を受賞した。
